占いの種類と歴史を見る

占いとは何か

程々に信じるくらいがちょうどいい

日本人は占いが好きだ、そう個人的に思っている。筆者はどうなのかと聞かれると、その質問については可もなく不可もなくといった程度の答えくらいしか導けないだろう。確かに自分としても占いを見ていたのは事実、何かしらの指標になってそのことに気をつけながら一日を過ごそうといったように考えていたからだ。別段そこまでは悪いことではないだろう、信じないで見ないよりは信じていればもしかしたら当たるかもしれない、位のスタンスが丁度良い。だからといって信じ過ぎるのも問題だ、そのせいで行動の制限が加わってしまっては却って面倒なことになりかねない。

たまに占いを信じ過ぎるが故に、人にあれやこれやと強制するような人を見かけることがあります。信じれば救われる、こうしていれば良いんだと個人へ過干渉となる現象を引き起こす困った人もいるために、時々心労に襲われる人もいるでしょう。

ですが占いとはつまりその日一日がどうなるのか、『予知』しているだけであって必ず見えているとは限りません。内容によってはいいことが起こるかもしれないと言われることもあれば、今日はとことんついていませんといった具合に言われることだってある。ここも面白いもので、大抵の人は悪い予知を弾く占いほど聞く耳持たぬとしてなかったものとしてみなすから面白い話だ。良い占い結果であれば積極的に受け入れる、基本的にそのくらいが丁度良いのです。

占いの歴史というのは実に古く、語るとしたら正直長くなりすぎる上、様々な宗教文化によってその立ち位置も異なる難解なものだ。そうした歴史を知らずとも自分の行く末を見てくれる指針となるからこそ、人は占いというものにハマるのかもしれません。

日本の場合

しかしそう考えても日本人は占いというものに興じすぎるのではと、時々考えさせられることもある。それこそ女性にすればパーソナリティを統一するために必要な道具、スキルといった具合に日常生活の一部として取り込んでいるほどだ。だがそれも個々人によって占いを信じるかどうかで議論になる。当たるも八卦当たらぬも八卦、このくらいアバウトな方が肩の力が抜けてちょうどいいのではと個人的に考えている、そうでなくては気疲れしそうだ。

例えば一日どう過ごすか、ラッキカラーやおすすめスポット、更に運気改善はこのアイテムを持参しろ、的なことまで言ってくる始末。その一つ一つを遂行していたらその日が幸せになれるかとなったら保証する、なんて断言など出来るわけがない。その日がどうなるかなど、誰にもわからないのだ。

本来なら程々に済ませておきたいところですが、どうしても困った人、のめり込んで周囲に迷惑をかける人などが生まれてもしまいます。

占いを信じすぎてしまう人

体調が悪いのは運気のせい

運気が悪いと身体にも影響を及ぼす、占い好きの中でも依存状態にある人程思い込みが激しかったりするものだ。中でも何をするにしても、常に運勢が乱れているからといって信じこんでしまうとどうにもならない。実際にあった事例でも今は運気が悪いから体調が悪い、夏になれば回復すると根拠もなく思い込んでいたりすると、周りもどう対応したら良いか分からなくなります。

単純に日々、体調管理をしっかり気をつけていれば防げる、そうとしか言いようが無い。

天使を呼び寄せるイタイ人

占いが好きなのはいい、しかし公共の場で所構わず叫ぶような奇行を取るだけで大分危ない人に見られてしまいます。中でも40代の女性は飲食店に入店してから、天使を降臨させるといった突拍子もないことを言い出したという。召喚に応じて来てくれたといるはずもない肩の部分を指差すという、友人としても傍観者としても、店員としても対応に困ってしまうのは言うまでもない。

水晶球を持ち込む人

占いをする際に必ず使用する道具として、水晶球があります。水晶は占いにおいて邪気を取り除く効果を持つとされており、その価値は非常に高いと言われている。ある人は占い師に自宅を見せた所、邪気を取り払うにはこのくらいの水晶でなければならないといって、信じた依頼主は買ってしまったという。

確かにそう言われると信じたくなる気もしますが、ファ〇〇ーズじゃあるまいし、運気が水晶の中に吸着するなど通常有り得るはずがない。

信じすぎて失敗する人も

占いとは基本的に話半分で聞き流す程度が正しい姿勢だ。何もかも鵜呑みにしていたら唐突に大失敗をするという人も出てしまいます。それこそ人間関係にヒビを入れてしまうような事例すらあるくらいだ。

その例とは、たまたま事業を始めようとしていたある人からの紹介で物件を借りようとしたが、その際に気まぐれで占い師に相談をしたという。するとどうか、占いの結果がすこぶる悪く、事業を始めるべきではないと忠告してきて、その言葉を信じてしまったのだ。その結果、事業計画すら頓挫して紹介した人の面子をまる潰してしまったのです。周囲からは咎められるものの、どうして止めたのかの理由についてはっきりと、占いでそう出たからと高らかに言い放ったそうだ。

こういう状態ははっきり言って全く良くない、信じる以前に依存傾向だと言わざるをえない。中でも思い浮かべやすいのが、かつてメディアで呆れるほど注目されていた有名な占い師の存在を思い出す。物おじしない発言とキャラに注目したメディアによって取り上げられたものの、彼女の占いを信じたが故に人生設計が狂ってしまったという芸能人もいれば、一般人も多いだろう。筆者は元々人柄云々以前に、そこまで過度に信じるほど夢見がちな思考ではなかったので全く興味はなかったが。

占いとは必ずしも当たるとは限らない、その点をきちんと理解していないと最悪人生そのものが破滅すらしかねない事態を招くことすらあります。

割り切れない部分もあるが

占いは話半分、当たるわけではないといったスタンスでいられればいいがそう簡単にうまくいかないのも事実だ。悪い結果を言われれば言われるほど、その内容を気にしてしまいがち。おまけに良くないことが本当に起こってしまうと占い結果を思い出してしまうこともあるだろう。思い込みが激しくなってしまうと占いを信じるようになって依存してしまう、占い好きの人はそういった経験をしている人が多いのかもしれません。